岡山地方裁判所倉敷支部 昭和45年(ワ)24号 判決 1972年6月10日
原告
松名福一
被告
岩本憲一
ほか一名
主文
1 被告岩本は原告に対し金二九万五、六五八円およびこれに対する内金二六万五、六五八円については昭和四五年二月二日以降、内金三万円については昭和四七年六月一一日以降各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告岩本に対するその余の請求ならびに被告会社に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は、原告と被告岩本との間においては、原告に生じた費用の三分の二を被告岩本の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告会社との間においては全部原告の負担とする。
4 この判決は第1項にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
(原告)
1 被告らは原告に対し、各目金三九万九、二四九円およびこれに対する内金三六万二、九五四円については昭和四五年二月二日より、内金三万六、二九五円については昭和四七年六月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに1項につき仮執行の宣言
(被告ら)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二当事者の主張
(原告の主張)
一 事故の発生および態様
(一) 日時 昭和四四年四月一三日午後一時頃
(二) 場所 倉敷市福田町南畝地内の県道上
(三) 加害車両およびその運転者
被告岩本運転の大型自動車(泉一は二七八)
(四) 被告車両および被害者
原告運転の普通乗用車(岡五ぬ一二九八)、原告所有車
(五) 事故の態様
原告車両が前記県道上に一時停止していたところ、前方にいた被告車両が後退してきて原告車両前部に衝突した。この事故は被告岩本の後方不注視等の過失によるものである。
(六) 結果
本件事故のため、原告は昭和四四年四月一三日から同年五月一四日まで三二日間、同年六月一六日から同年七月八日まで二〇日間の合計五二日間にわたる入院治療と昭和四四年七月九日から同年八月三一日まで五〇日間の通院治療を要する腰痛症、右坐骨神経痛、左下肢、右上肢しびれ、石肩関節炎、頭部、右腰部、打撲等の各傷害を受けた。また原告車両は大破した。
二 責任原因
被告会社は、本件加害車両を自己の運送業務のために利用し、かつ、被告岩本を同業務のために使用していたものであるが、本件事故は、右業務に付随して発生したものである。また、仮に然ずとするも被告会社は被告岩本を自らの手足として使用していたものであるから、右運送業務に付随して生じた本件交通事故について、被告会社は運行供用者の地位にある。
よつて、被告岩本は民法七〇九条、七一〇条により、また、被告会社は一次的には目賠責法三条(物損を除く。)により、二次的には民法七一五条、七〇九条、七一〇条により、本件事故から生じた損害につき責任を負う。
三 損害
(一) 休業中の逸失利益 四二万九、八六七円
原告は本件事故当時訴外扇興運輸株式会社水島事務所に運転手として勤務していたが、本件事故のため、昭和四四年四月一三日から同年九月六日まで一四七日間の休業を余儀なくされた。原告は月平均八万七、七二八円の収入を得ていたから、右期間中四二万九、八六七円のうべかりし収入を得ることができなかつた。
(二) 入院雑費 一万〇、四〇〇円
本件事故による傷害の治療のため、入院雑費として一万〇、四〇〇円(一日二〇〇円として五二日分。入院期間は前記一(六)のとおり。)支出した。
(三) 治療費
原告は、本件事故による傷害の治療費として八万二、七四四円(入院期間等は前記一(六)のとおり。)支出した。
(四) 慰謝料 三〇万円
本件事故のため原告は著しい精神的苦痛を受けたが、これを金銭に見積ると三〇万円が相当である。
(五) 被害車両の修理費 一四万九、九四三円
本件事故のため、原告所有の被害車両修理のため一四万九、九四三円を要した。
(六) 損害の填補
原告は被告らより一一万円および目賠責保険により五〇万円を各受領した。
(七) 弁護士費用 三万六、二九五円
被告らは、前記損害を任意に支払わないため、原告は弁護士に委任して訴訟を提起せざるをえなくなり、着手金として請求額の五%相当額、成功謝金として認容額の一〇%相当額の各弁護士費用を本件判決言渡しの日に支払う旨約しているところ、右費用のうち三万六、二九五円が本件事故と相当因果関係にある損害と考えられるので、これを請求する。
四 よつて、原告は被告らに対し各自金三九万九、二四九円およびこれに対する内金三六万二、九五四円については本件事故の日の後である昭和四五年二月二日から、内金三万六、二九五円については本判決言渡しの日から、各支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(原告の主張に対する被告らの認否ならびに反論)
一 原告の主張一の(一)ないし(四)の事実は認める。同(五)のうち原告が一時停止していたとの点および被告岩本の過失は否認。その余は認める。同(六)の事実は不知。
二 原告の主張の事実は否認。
三 原告の主張三の(一)、(二)、(三)、(五)の各事実は不知。(六)の事実は認める。(四)、(七)の事実は争う。
四 過失相殺
事故現場において被告岩本は後退するにあたり、バツクランプを点燈し、かつ、クラクシヨンを吹鳴したにもかかわらず、原告は前方不注視のためこれに気づかず、あるいはこれに気づきつつも衝突を未然に防止すべき適切な措置をとらなかつた過失がある。損害額の算定にあたつては右原告の過失を斟酌すべきである。
(被告らの反論に対する原告の認否)
一 被告らの過失相殺の主張(被告の反論四)は争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の態様
当事者間に争いのない事実、〔証拠略〕によれば、つぎの事実が認められ、右証拠中この認定に反する部分は信用できず、他にこの認定を妨げるに足る証拠はない。
被告岩本は、昭和四四年四月一三日午後一時半頃、大型貨物自動車(泉一は二七八)を運転して、倉敷市福田町南畝の県道上を三洋汽船フエリー乗船場付近まで来た。ところで、被告岩本は、宇野港のフエリー乗船場に来たつもりであつたが、実は、ここが水島――丸亀間のフエリー乗船場であることに気がついたため、自車をいつたん停車させて下車し、四、五米前方の乗船案内所に行き出航時刻等をたしかめたがやはり宇野港へ行こうという気持になり、車を後退させて、方向転回をすべく自車に戻つた。付近はフエリーに乗船するため、自動車が順々に列を作つて停車する場所であるから、このような場所で岩本運転のような大型貨物自動車(運転席から見て真うしろは死角となる。)を後退させ方向転換させるには、後退前に、後方に出向いて後続車の有無を確かめ、後続車の運転手に、後退する旨述べ注意を喚起するなどし、また、後退開始後も、バツクミラーや運転席うしろの窓を通して後続車の有無、動静を十分に確認しながら後退を継続すべき注意義務があるのにこれを怠り、案内所から自車に戻る際に後続車の有無、動静を十分に確認せずに乗車し、ブザーを鳴らし、バツクランプを点燈しながら、左右側バツクミラーを見、運転席右ドアの窓から首を出して右後方を見るだけで後退を開始、継続した過失により、約五米後方で乗船待ちのため停車していた原告車両に気付かず、これに衝突し、約一一米押し戻し、原告車両を道路左側のガードレールにもたれかけるように右倒れにした。また右事故は、停車中とはいえ、前方車両の動静に注視すべき注意義務を怠つた原告の過失も競合して発生したものである。
二 結果
〔証拠略〕によれば、原告の主張一の(六)の事実が認められ、他にこの認定を妨げるに足る証拠はない。
三 責任原因
(一) 前記一のとおり、被告岩本が本件事故から生じた損害につき、民法七〇九条により責任を負わねばならぬことは明らかである(過失割合は後述のとおり。)。
(二) つぎに、被告会社の責任につき検討する。
〔証拠略〕によればつぎの事実が認められ、右書証中この認定に反する部分は信用できず、他にこの認定を妨げるに足る証拠はない。
1 被告会社は、名古屋市に事務所を有し、自動車運送取扱事務を行つている(道路運送法二条四項参照)。
2 被告岩本は名古屋に居住し、昭和四三年九月頃から被告会社の依頼により主として名古屋と阪神間の貨物運送をしている(被告会社と被告岩本との関係が道路運送法二条各号のうち、いずれであるかは明らかにならない)。
3 被告岩本は、月平均約三七、八万円の収入を被告会社から得ている。被告岩本の仕事のほとんどは、被告会社からの依頼によるものである。
4 しかし被告岩本が依頼を受けるか否かは自由であり、これまでにも被告会社からの依頼の約四割位はことわつている。
5 本件加害車両は被告岩本が自己の資金で講入したものであり岩本の所有である。保険金やガソリン代修理費等の支払につき、被告会社が便宜を与えたり、車の格納場所を貸与したりという事情はない。
6 事故当日、被告岩本は、倉敷市水島付近で、被告会社からの依頼による貨物の運送をし、客に貨物を引渡し、その旨被告会社に電話連絡をすませ、被告会社においても客に電話のうえそれを確認した。被告岩本は、その後郷里徳島に帰省すべく本件事故現場にいたつたものである。
右のような事実関係のもとにおいては、被告会社は本件加害車両につき、自賠責法三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」にあたるとはいえない。もつとも、被告岩本と被告会社との間に民法七一五条の使用関係があると認める余地はある。しかし、右56の事実からすれば、本件事故による損害は、同条にいう「其事業ノ執行ニ付キ」加えた損害とは解し難い。
他に被告会社の責任原因についての原告の主張を証するに足る証拠はなく、結局被告会社は、被告岩本の本件事故により原告に与えた損害につき、賠償の責に任ずる理由はない。この点において原告の被告会社に対する本訴請求は理由がなく、棄却を免れない。
四 損害
〔証拠略〕によれば、原告の主張三の(一)の事実が、〔証拠略〕によれば、原告の主張三の(二)、(三)の事実が、また、〔証拠略〕によれば、原告の主張三の(五)の事実がそれぞれ認められ、右認定を妨げるに足る証拠はない。
また、以上で認定してきた諸事情を総合すると、慰謝料として三〇万円が相当である。
以上各損害を合計すると九七万二、九五四円となる。
五 過失相殺
前記一のとおり本件事故は被告岩本、原告双方の過失が競合して発生したものであるが、その態様からすると損害のうち九については被告岩本が、一については原告が負担すべきである。そうすると、被告岩本が負担すべき損害は八七万五六五八円となる。
六 損害の填補
原告の主張三の(六)のとおり、すでに六一万円の損害の填補がなされていることは当事者間に争いがない。そうすると被告岩本は、原告に対し、なお二六万五、六五八円の賠償義務を負う。(傷害自体を損害と解し、これと車両損害とにつき民法四八九条四号により充当。)
七 弁護士費用
被告岩本が以上の損害賠償額について任意の弁済に応じないので、原告が弁護士たる本件原告訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、また、弁護士に訴訟追行を委任する場合相当額の弁護士費用の支払いを約することも公知の事実である。そして、原告主張のような支払を約したことが推認されるところ、本件請求認容額、本件訴訟の経緯等にかんがみれば、被告岩本が賠償の責に任ずべき弁護士費用は三万円と認めるのが相当である。
八 結論
以上判示のとおり、被告岩本は原告に対し、本件事故による損害賠償として二九万五、六五八円およびうち弁護士費用を除く二六万五、六五八円に対する本件事故発生の日の後である昭和四五年二月二日以降、うち弁護士費用三万円に対する本判決言渡の日の翌日である昭和四七年六月一一日以降各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があることがあきらかである。
よつて、原告の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、被告岩本に対するその余の請求ならびに被告会社に対する全請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森真樹)